九州の芳香植物

九州の芳香植物と国産オーガニックアロマ

<九州の芳香植物と国産ネロリ>

1) 亜熱帯から亜寒帯まで
日本列島の南部に位置する九州は、阿蘇九重から霧島に続く1500m級の高地が連なる九州脊梁山地があるため、亜熱帯から亜寒帯の多種多様な植物が生育しています。
その中には、次のような代表的な芳香植物があります。
九州の照葉樹林を代表するクスノキからは虫よけとなるカンファー
  クスノキの亜種である芳樟(ホーウッド)からはラベンダーより豊富なリナロール
  樹間に育つ低木のアオモジからはレモンの香りのシラール
  スギ、ヒノキからはフィットンチッドの一種であるピネン、テルピネン
  寒暖の差を利用して、ローズをはじめ様々なハーブのオーガニック栽培
なかでも、甘夏ミカンの花からとれるネロリは、水俣病の教訓とともに、九州の香りを特徴づけるものとなっています。

2) 奇跡のオーガニック甘夏ネロリ
・水俣病の教訓にもとづいてオーガニック栽培された甘夏みかん
熊本県水俣・芦北地域は日本の公害の原点である「水俣病」による大きな被害を受けた地であり、今なお後遺症に苦しむ多くの被害者の方々が生きる地です。
当初漁業を生業としていた被害者の多くは、水俣病公式発見により漁業の中止を余儀なくされた40年ほど前、代替収入を確保するために海沿いの山肌に当時栽培が奨励されていた甘夏みかんを植えました。
けれども、自らが化学合成物質によって生命や健康を著しく損なった被害者の方々は、自分たちが栽培し販売して人の口に入るものには農薬や化学肥料を使わないことを決心し、オーガニックなどの言葉も知られていなかった当時から、無農薬有機栽培(オーガニック栽培)での甘夏みかんの栽培を続けてきたのです。そして、当時の大手果実取り扱い業者は見かけのよくないオーガニック栽培果実を取り扱わないことから、水俣病被害者を中心としたオーガニック栽培各グループは、やむを得ず、自ら直接販売の販路を開拓することとなり、この苦労が後のネロリの発見につながることとなりました。
なぜなら、伊予柑やデコポン等の新種の甘い晩柑類が登場し高値で販売されるようになると、西日本を中心に多かった一般の甘夏みかん栽培農家はこぞってそれらの甘いみかんの栽培に転換していきました。その一方で、オーガニック甘夏みかんの販路を確保し、わざわざビニルハウス等の多額の費用をかけて他の晩柑類に転換する必要のなかった水俣地域のオーガニック栽培グループは、甘夏みかんの栽培を続け、現在では水俣芦北地域が全国においてもオーガニック甘夏みかんのもっとも広い面積をもつ地域となったのです。

・奇跡の「国産ネロリ」の発見
皆さんは「ネロリ」というエッセンシャルオイル(精油)をご存知でしょうか?
「ネロリ」は、ラベンダーやローズマリー等の日本国内でも広く流通しているエッセンシャルオイルに比べて10倍以上も高価で希少なエッセンシャルオイルの名称であり、近年まで日本国内で生産されることはできないと考えられてきたものです。
その「ネロリ」の主産地は地中海周辺。とくに北アフリカのモロッコ、チュニジア等では、ビターオレンジ(橙類)の花を蒸留して、大家族の一年分の薬用や食用に保存使用する生活文化が長い間受け継がれてきました。中世紀そのフローラルでやさしい香りに注目したイタリア「ネローラ公国」の公妃が、その芳香油を手袋に浸みこませてフランス社交界に紹介したことで、その芳香成分は「ネロリ」と呼ばれるようになりました。そしてその後「ネロリ」は、植物一般がもつ抗菌作用に加えて、高い保湿作用、抗酸化作用をもつことが評判となり、現在もヨーロッパの高級化粧品原料として珍重されるに至っています。
一方、甘夏みかんは古くから国内に自生していたものではなく、近代に入って橙(学名citrus aurantium )の木が日本の土壌とミツバチ交配により、食べられるような甘みをもったものに突然変異し、さらに改良が加えられて食用の果実(学名 citrus natsudaidai)となったものです。そのため花の香りにおいても、ビターオレンジの「ネロリ」の芳香成分と同じ成分で構成される高い芳香性をもち、さらに主成分であるネロリドールが海外産の3倍以上あるため甘い花の香りが強いことも確認されています。
この発見により、甘夏ネロリは国産初のジャパニーズネロリとして認められるようになりました。

ページトップへ